月末、給与明細を見る。
数字は、去年とほぼ同じ。
来年も、たぶん同じでしょう。
別に、不満があるわけではない。
仕事は好きですし、患者さんのことも大切に思っている。
でも、ふとした瞬間に、こう思うことはないでしょうか。
「自分の働き方の選択肢は、本当にこれだけなんだろうか」
──もし、その問いが頭をよぎったことがあるなら、まずお伝えしたいことがあります。
あなたが特別に不満を抱えているわけではありません。
そして、その問いに対する答えは、世界の医療従事者のデータを見ると、はっきりしています。
「これだけ」ではない。世界の医療従事者の3〜4人に1人は、今も別の選択肢を選んで生きているのです。
今回は、そのデータをお見せします。
アメリカでは今でも、医師の3人に1人が「自分のオーナー」
少し意外な数字から始めます。
アメリカの医師団体(AMAと呼ばれます。American Medical Association、日本でいえば日本医師会にあたる団体です)が2025年5月に発表した最新調査によると、自分の医院や会社のオーナーとして働いている医師の割合は、35.4%でした。
つまり、今のアメリカでも、医師の3人に1人は「自分の名前で動いている」ということです。
「アメリカは特別な国だから」と感じられるかもしれません。
でも、実はもうひとつ、もっと意外なデータがあります。
日本でも、医師の2〜3割が「自分の医院」を持っている
日本の話に戻ります。
厚生労働省のデータを見ると、日本の医師全体のうち、自分の医院を所有している「開業医」の割合は、約2〜3割と推計されています。
つまり、日本でも、医師の3〜4人に1人は、すでに自分の名前で動いているのです。
数字を並べてみます。
- アメリカの医師オーナー比率(2024年):35.4% = 3人に1人
- 日本の医師の開業医比率:約2〜3割 = 3〜4人に1人
ほとんど、同じ水準です。
「自分の名前で動く」という働き方は、世界中の医療従事者にとって、今も普通にある選択肢のひとつ──それが、データが示している現実です。
それでも「自分には関係ない話」と感じてしまう理由
ここで、多くの方が感じるであろう疑問に触れておきます。
「3人に1人がオーナーって言われても、自分の周りにはそんな人いないし」
「自分の働き方とは別の世界の話に聞こえる」
そう感じるのは、自然なことです。
理由は2つあります。
1つ目:雇われている側の医療従事者のほうが、もちろん数は多い
「3人に1人がオーナー」ということは、「3人に2人は雇われている」ということです。
日々の職場で出会うのは、自分と同じ立場の人。だから、オーナー側の働き方は、視界に入りにくい。
2つ目:日本では、「自分の名前で動く」働き方が見えにくい構造がある
医局制度、保険診療制度、終身雇用文化──日本には独特の構造があって、これらが「臨床1本が当たり前」という空気を作り出しています。
たとえばアメリカでは、1980年代に医師の約76〜80%(10人に8人)が自分のオーナーだった時代があります。それが40年かけて35.4%まで減ってきた、という歴史があります。
「町の本屋さん」が大型書店チェーンに飲み込まれていったように、個人経営の医院が病院グループに統合されていった──そういう40年の流れが、アメリカにはありました。
日本では、また別の構造がそうさせている。
この日本固有の構造については、第3回で詳しくお話しします。
ただ、ここで大切なのは、こういうことです。
「自分には関係ない」と感じる感覚そのものが、構造によって作られた思い込みかもしれない。
データを見れば、選択肢は「ある」。
ただ、その選択肢が「見えにくい」だけ。
そして「自分の名前で動く」は、開業だけではありません
ここまで「オーナー」「開業医」という言葉を使ってきました。
「でも自分は医師じゃないから関係ない」
「開業なんて考えたこともない」
そう感じている方に、はっきりお伝えしたいことがあります。
「自分の名前で動く」という働き方は、開業や医院オーナーだけのことではありません。
たとえば、こんな働き方を想像してみてください。
40代の看護師Aさん。
総合病院の病棟で働きながら、月に1〜2回、若手看護師向けの院内研修の講師を依頼されるようになりました。最初は職場からの依頼だけだったのが、評判が口コミで広がり、今では他の病院や看護学校からも声がかかるようになっています。
ある日、ふと気づいたそうです。「自分は、看護を『伝える人』としても価値を届けられるんだ」と。
50代の理学療法士Bさん。
長年勤めた病院でのリハビリ業務を続けながら、週に1日だけ、自分のスペースを借りて、自費の整体ルームを始めました。一日に向き合うのは、4人だけ。
保険診療の枠を超えて、「この人のために、この時間を使う」という働き方を、自分の名前で実現できるようになりました。
60代の作業療法士Cさん。
現役の臨床を続けながら、認知症の高齢者を介護するご家族向けに、自分の経験を一冊の本にまとめて出版しました。今、その本は全国の地域包括支援センターで配られていて、Cさんのもとには「読みました」「救われました」という手紙が、今も届きます。
もちろん、この3人だけが「自分の名前で動く」働き方の例ではありません。
他にも、こんな形があります。
- 薬剤師として、企業の健康相談アドバイザリーを副業で担う
- 医師として、勤務医を続けながら、企業の産業医契約を複数持つ
- 医療系の専門家として、オンライン講座を開く
- 自分の専門性で、認定資格やプログラムを設計して、後進を育てる
これらに共通しているのは、ひとつだけ。
「組織の看板ではなく、自分の名前で価値を届けている」ということ。
開業も、副業も、講演も、執筆も、認定講師も、コンサルも──全部、同じ心構えの違う現れ方です。
そしてその心構えは、医師でなくても、誰にでも持つことができます。
「自分の名前で動く」選択肢は、医療従事者全員に、開かれています。
※ 上記のA・B・Cさんは、説明のために構成した架空の人物像です。
ひとつ、データに残された手がかり
最後に、第1回として、ひとつだけ伏線を残しておきます。
アメリカのデータをもう一度見てみると、専門領域によって、オーナー比率に大きな違いがあります。
- 眼科:70.4%(10人に7人)
- 整形外科:54%
- 外科系の他の専門領域:51.2%
つまり、「身体を直接扱う領域」のほうが、今でもオーナー比率がぐっと高いのです。
これは偶然ではないと、私は20年あまり整形外科医・産業医として働きながら、ずっと考え続けてきました。
この話は、シリーズの第4回でじっくりお話しします。
今日、お伝えしたかったこと
5回シリーズの第1回として、お伝えしたかったのは、これだけです。
「臨床1本が当たり前」という感覚は、世界の標準ではありません。
世界の医療従事者の3〜4人に1人は、今も自分の名前で動いている。
日本の医療従事者の3〜4人に1人も、すでにそうしている。
そして、「自分の名前で動く」という働き方は、開業医・医院オーナーに限った話ではありません。
看護師にも、PTにも、OTにも、薬剤師にも、それぞれの形があります。
あなたが日々のなかで感じてきた「これだけなんだろうか」というモヤモヤは、世界の医療従事者のなかで、ごく自然な問いです。
そして、その問いに対する答えは、すでに世界に存在しています。
次回は、その「自分の名前で動いている」アメリカの医師たちが、なぜ複数の収入源を持つことを当たり前としているのか。その背景を、具体的な働き方の実例とともに見ていきます。
まとめ
- 2024年のアメリカでも、医師の3人に1人(35.4%)が自分のオーナー
- 日本でも、医師の3〜4人に1人(約2〜3割)が開業医
- 「自分の名前で動く」働き方は、世界の医療従事者にとって今も普通の選択肢
- それは開業医・医院オーナーだけの話ではなく、副業・講演・執筆・認定講師・コンサルなど、すべて同じ心構えの現れ方
- 看護師・PT・OT・薬剤師にも、それぞれの形がある
このシリーズを最初から読む
- 第1回(本記事):世界では今も、医療従事者の3〜4人に1人が「自分の名前で動いている」
- 第2回a:【医師向け】専門性に値段をつけられる医師は、なぜ少ないのか
- 第2回b:【医療従事者向け】看護師・PT・OT・薬剤師が「自分の名前で動く」5つの形
- 第3回:日本の医療従事者が「臨床1本」を選びやすい3つの構造的理由
- 第4回:私の働き方 ── 整形外科医が20年検証してきた「心と体は切り離せない」
- 第5回:今日から始められる「医療従事者の小さな経済独立」3ステップ
キャリアラボについて
医師・看護師・理学療法士・作業療法士・薬剤師など、国家資格を持つ方のキャリア戦略相談を行っています。詳しくは第5回でお伝えします。
気になる方はキャリアラボの案内ページから。
【参考データ】AMA Policy Research Perspective: "Physician Practice Characteristics in 2024"(2025年5月29日発表)/ AMA Physician Practice Benchmark Survey 2012-2024 / 厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査」