ある日の、整形外科の外来でのことです。
膝の手術を終えて、リハビリの段階に入った二人の患者さんがいました。
年齢も、手術の内容も、ほとんど同じ。レントゲンで見える骨の状態も、変わらない。
なのに、半年後、結果が違いました。
一人の方は、痛みもとれて、以前のように歩いておられる。
もう一人の方は、痛みはあまり変わらず、リハビリにも気持ちが向かない。
体の状態は、ほぼ同じ。
それなのに、なぜ、こんなにも違う結果になるのか。
整形外科医として臨床に立ち始めて、しばらくしてから、この種の違和感を、何度も感じるようになりました。
教科書には、こう書かれています。
「結果の差は、年齢、体力、リハビリへの取り組み方が影響する」と。
これは正しいです。
でも、それだけでは説明しきれない何かが、明らかにありました。
患者さんの「考え方」「捉え方」「日々の心の置き場所」が、回復に大きく影響している──そう感じる場面が、いくつも積み重なっていきました。
これが、私の20年の出発点でした。
そして、20年経ったいま、私はこの問いを、こう言葉にしています。
「心と体は、本当に切り離して扱えるのか」
今回は、この問いを20年検証し続けてきた、私自身の働き方を、できるだけ正直にお伝えします。
医師・看護師・PT・OT・薬剤師として、いまの場所で働きながら、「自分の名前で動く」とはどういうことなのか──その実例として、ご覧いただければと思います。
始まりは、整形外科医としての違和感
私は、整形外科医として長年、「体」を扱ってきました。
骨を診て、関節を診て、筋肉を診る。
画像を読んで、手術もする。
これは、医師として教育を受けてきた、正統な仕事です。
ただ、先ほどお伝えしたような違和感──「体の状態は同じなのに、結果が違う」という現象に、何度も出会いました。
最初は、医学の中で答えを探しました。
「もしかして、リハビリのプロトコルが甘いのか」「術後の管理が違うのか」と、自分の仕事を見直しました。
でも、見直せば見直すほど、答えは医学の外にありそうだ、と感じるようになりました。
患者さんの暮らし。
患者さんの家族との関係。
患者さんが、自分の体をどう捉えているか。
「治るかもしれない」と思っているか、「もう治らない」と思っているか。
こうした、体の外の要因が、体の回復に明らかに影響している。
これは、医学だけで扱える話ではありませんでした。
産業医として、「心と組織」の現場に入る
整形外科の臨床を続けながら、産業医の資格も取りました。
産業医というのは、企業で働く方々の健康を担当する医師です。
腰痛、肩こり、メンタルの不調、生活習慣病──いろんな症状が、現場に持ち込まれます。
ここで、私はさらに、はっきり気づきました。
身体に現れている症状の多くは、心の状態や、職場の状態と、つながっているということ。
腰痛で困っている方の話をじっくり聞くと、上司との関係の話が出てきます。
肩こりがひどい方の話を聞くと、家庭での役割の重さが出てきます。
メンタルの不調を訴える方の手前には、いつも体のサインがあります。
整形外科の診察室で感じた違和感が、産業医の現場で、明確な仮説になっていきました。
「心と体は、切り離して扱えない」
これを、私は本気で検証してみたい、と思うようになりました。
スラトレ®メソッドの開発 ── 仮説を「方法」に落とす
仮説を立てるだけでは、医師として無責任です。
仮説は、誰にでも使える形に落とし込まなければ、ただの個人の経験談で終わってしまいます。
そこで、私は「心と体の統合」を、ひとつの方法に落とし込む作業を始めました。
それが、スラトレ®(メンタル思考トレーニング)と呼ばれる方法です。
スラトレ®では、体の動きを通じて、思考の癖を整える。
逆に、思考の整理を通じて、体の反応を整える。
「心が先か、体が先か」という二択ではなく、両方を同時に扱う。
そういう方法を、開発し、検証し、改善し続けてきました。
20年の試行錯誤の中で、最も時間を注いだ仕事の一つです。
ここで一つ、お断りしておきます。
スラトレ®は、「これをやれば必ず良くなる」と断定するための方法ではありません。
自分の心と体の状態を、自分で整えるきっかけを作るための方法です。
判断の主体は、あくまでも、その方ご自身。
私たちは、その判断の材料と、整えるための入口を、お渡ししているだけです。
認定トレーナー養成 ── 「方法」を伝える人を育てる
メソッドを開発しても、私一人が伝えていたら、届く人は限られます。
そこで、スラトレ®を正しく伝えられる人を育てる「認定トレーナー養成講座」を始めました。
これも、私の活動の柱の一つです。
医師でなくても、専門的な訓練を受けた方なら、スラトレ®を伝えることができます。
看護師、理学療法士、作業療法士、薬剤師、コーチ、教育に関わる方──いろんな専門職の方が、認定トレーナーとして活動しておられます。
ここでも、「心と体は切り離せない」という問いは、形を変えて検証され続けています。
株式会社ヤエコフ ── 全活動を統合する器
整形外科医、産業医、スラトレ®開発者、認定トレーナー養成講師──。
これらの活動を、ひとつの場所で統合するために、私は株式会社ヤエコフを立ち上げました。
会社を持つことの意味は、節税でも、肩書きでもありません。
「自分の活動全体を、自分の名前と価値観で運営する場」を持つこと。
これだけです。
そして、その経営の中で、私はもう一つの実験を続けています。
「ビジネスの世界でも、心と体は切り離せないのか」
経営判断、組織運営、人との関わり──これらは、一見「頭の仕事」に見えます。
でも、20年の経営の中で見えてきたのは、これでした。
経営者の体の状態が、判断の質を直接、左右する。
疲れているときの判断は、必ずどこかが偏ります。
心が乱れているときの会議は、必ず空回りします。
ここでも、「心と体は切り離せない」は、形を変えて検証され続けているのです。
4つの活動が示す、ひとつの答え
ここまで読んでくださって、こう感じている方もいらっしゃるかもしれません。
「Dr.EKOは、医師、産業医、メソッド開発者、トレーナー養成、経営者──いろんなことをやっていて、結局、何の人なんだろう?」
その問いへの答えは、シンプルです。
私は、ひとつのことしか、やっていません。
「心と体は切り離せない」というひとつの問いを、20年、検証し続けてきた。
医師という入口から始まり、産業医に広がり、メソッドに結晶化し、トレーナー養成に展開し、経営という現場でも検証している──。
すべての活動が、同じひとつの問いの周りを、回っているだけです。
そして、ここで、一つ思い出していただきたいことがあります。
第1回でお伝えした、アメリカのデータです。
眼科、整形外科、外科系──「身体を直接扱う領域」のほうが、今でも医師オーナー比率がぐっと高い
これは、偶然ではないと、私は考えています。
身体を扱う医療従事者は、もともと「目に見える成果」「触れて確かめられる手応え」を、毎日経験しているからです。
その積み重ねが、「自分の名前と価値観で動く」感覚と、相性が良いのです。
整形外科医・産業医・PT・OT・看護師──身体を扱う日々の現場で得ている手応えは、現場の外でも、必ず活きます。
これは、私自身の20年が、ささやかに証明している点でもあります。
第3回の3つの構造から、私自身が抜けていないこと
念のため、お伝えしておきたいことがあります。
前回(第3回)、日本の医療従事者を取り囲む3つの構造の話をしました。
たての階段、安心の屋根、家族のような職場文化。
私自身、この3つの構造の外に出たわけでは、ありません。
- 整形外科医として、医学の世界の中に身を置いてきた
- 産業医として、保険診療の枠組みの中で活動してきた
- 認定トレーナーの仲間たちとも、家族的なつながりを大切にしてきた
つまり、私は 「構造の中にいながら、その横に、もうひとつの自分の場所を作ってきた」だけです。
劇的な独立も、医局からの離脱も、私の場合は、していません。
今の場所を大切にしながら、同時に、自分の問いを動かす場所も、少しずつ作っていく。
これが、20年の試行錯誤の、いちばん正直な姿です。
あなたの「ひとつの問い」は何か
私の話は、ここまでです。
でも、本当にお伝えしたいのは、私の話ではありません。
これを読んでくださっているあなたが、自分の中に持っている「ひとつの問い」に気づくきっかけになればと思います。
医師としての臨床経験。
看護師としての患者対応の蓄積。
理学療法士としての動作観察の眼。
作業療法士としての生活への眼差し。
薬剤師としての、薬への深い理解。
あなたが20年、30年と専門家として積み重ねてきた中で、「これだけはずっと気になってきた」というテーマが、必ず一つあるはずです。
そのテーマが見つかれば、「複数の収入源」も「自分の名前で動く」も、自然な結果として、後からついてきます。
順番が、逆ではないのです。
「副業を始める」「会社を作る」が先ではなく、「自分のひとつの問いを見つける」が先。
次回(最終回)は、その「自分のひとつの問い」を見つけるための、具体的な3つのステップをお伝えします。
20年かかった私の問いを、あなたが半年で見つけるための、最短のルートです。
まとめ
- Dr.EKOの活動は、整形外科医・産業医・スラトレ®メソッド開発者・認定トレーナー養成・株式会社ヤエコフ代表の、5つの場所にまたがっている
- 一見バラバラに見えるが、すべては「心と体は切り離せない」というひとつの問いの検証
- 整形外科医としての違和感が出発点で、産業医・スラトレ®・経営の現場で、形を変えて続いている
- Dr.EKOは「3つの構造の外」に出たわけではない。構造の中にいながら、その横に、もうひとつの自分の場所を作ってきただけ
- あなたにも必ず「ずっと気になってきたひとつの問い」がある。それを見つけることが、すべての出発点
このシリーズを最初から読む
- 第1回:世界では今も、医療従事者の3〜4人に1人が「自分の名前で動いている」
- 第2回a:【医師向け】専門性に値段をつけられる医師は、なぜ少ないのか
- 第2回b:【医療従事者向け】看護師・PT・OT・薬剤師が「自分の名前で動く」5つの形
- 第3回:日本の医療従事者が「臨床1本」を選びやすい3つの構造的理由
- 第4回(本記事):私の働き方 ── 整形外科医が20年検証してきた「心と体は切り離せない」
- 第5回:今日から始められる「医療従事者の小さな経済独立」3ステップ
キャリアラボについて
医師・看護師・理学療法士・作業療法士・薬剤師など、国家資格を持つ方のキャリア戦略相談を行っています。詳しくは第5回でお伝えします。
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